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代表弁護士 小川敦也

(5)当該外国人が,難病等により本邦での治療を必要としていること,又はこのような治療を要する親族を看護することが必要と認められる者であること  

 基本的に、裁判実務では、病気の性質、送還先の医療水準・技術等を考慮して、「本邦でなければ治療できない疾病であるかどうか」を基準としており、非常に厳しい態度をとっています。しかし、近時、不法滞在で強制退去処分を受けた胸腺がん患者が、日本で治療を続けるため、国を相手に処分取り消しを求めた事案で、「新たに韓国で受診すれば、記録の翻訳や再度の検査など負担が大きい」と指摘し、「出身地でも治療が受けられる」とする国側の主張を退け、「病院を替わる重い負担を、不法滞在を選んだ自己責任だと判断するのは到底相当ではない」と批判した名古屋高裁平成25年6月27日が注目されます。

裁判例1:B型肝炎の治療

平成25年2月27日

東京地裁

平成23年(行ウ)第539号

(4)原告の健康状態に関して

ア 前提事実,括弧内掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告の病状につき,〔1〕原告は,平成21年7月4日,B型肝炎ウイルスによる劇症肝炎と診断されて土浦協同病院に入院したが,同月31日,外来で経過観察を行うこととなり退院したこと,〔2〕同年8月21日の時点で,肝機能は正常化していたこと,〔3〕同年9月25日の時点で,土浦協同病院の医師によって,B型肝炎は治癒したと診断されたこと(以上,〔1〕ないし〔3〕につき乙28),〔4〕平成23年5月27日の時点で,土浦協同病院の医師によって,原告についてタイにおいて治療することが可能であり,タイに送還するために航空機に搭乗させることは可能であると判断されたこと(乙23),〔5〕同年11月22日の時点で,土浦協同病院の医師によって,APshuntの可能性もあるが経過観察が必要と思われると診断されたこと(甲9),〔6〕平成24年5月25日の時点で,土浦協同病院の医師によって,肝腫瘤と診断されたこと(甲13),〔7〕同年6月15日の時点で,土浦協同病院の医師によって,前記の腫瘤性病変につき経過観察を継続中であり,いずれ入院してカテーテルによる腹部血管造影精査を行うことが望ましいと判断されたこと(甲14)が認められる。

 ところで,タイの医療環境については,〔8〕主要都市にある代表的な私立病院や公立基幹病院の特定領域の医療水準はおおむね良好であり,バンコクの私立病院のうち代表的な私立総合病院の中には我が国の大病院と比較しても遜色ない設備を有している病院もあり,医療先進国で医学教育や研修を受けた優秀な医師が勤務しており,出産や一般的な手術についても安心して受けることができることや,公立病院の頂点にある基幹病院では高度な医療も行われていることが認められる(乙29の1及び2)。

 また,タイの医療保障制度については,〔9〕制度の類型として,公務員の医療給付,民間被用者が加入する社会保険制度の傷病等給付,これらの制度が適用されない自営業者などを対象とする国民医療保障制度の3制度があり,制度上は全ての国民が公的医療保障の対象となっていることが認められる(乙30)。

イ(ア)原告の病状については,本件裁決時である平成23年7月4日までの事情としては,前記アの〔1〕ないし〔4〕に挙げたものにとどまるところ,これらによれば,本件裁決時においては,原告は,既にB型肝炎ウィルスによる肝炎は治癒し,航空機に搭乗してタイに帰国すること及びタイにおいて治療を受けることも可能な状態になっていたのであるから,東京入管局長において,原告をタイに送還したとしても特段の支障は生じないものと判断したことについては,その合理性を肯認することができるものというべきである。

(イ)これに対して,原告は,タイの医療水準が日本より高度であるとは考え難い旨や,原告は自らの病状に対応した保険に加入することができないから高額の治療費を支払うことはできない旨の主張をする。

 しかしながら,前記ア〔8〕の事実によれば,タイ国内においても高度な医療が行われており,タイの医療水準を問題とする原告の主張は採用することができないし,タイにおける医療保障制度の実情は前記ア〔9〕の事実のとおりであって,原告が主張するような保険制度になっていることを認めるに足りる証拠はないから,この点に関する原告の主張は前提に欠けるというべきである。

ウ したがって,原告の健康状態を前提としても,原告をタイに送還することについて特段の支障はないというべきである。

ケース2:肺結核及び結核性リンパ節炎

平成25年 2月 5日

東京地裁

平成24年(行ウ)第159号 ×

(イ)また,原告は,肺結核及び結核性リンパ節炎に罹患しており,ペルーに退去強制された場合には,十分な治療を受けることができないために過酷な状態に置かれることになると主張する。

 確かに,原告を診察した医師作成の診断書(甲7。以下「本件診断書」という。)によれば,原告は,現在,肺結核及び結核性リンパ節炎に罹患していることが認められるが,肺結核及び結核性リンパ節炎は,本邦でなければ治療できない疾病であるとはいえないし,しかも,本件診断書の記載によれば,原告の現在の症状は,抗結核薬での治療を継続し,経過を観察するという程度のものであることが認められるから、仮に原告が主張するようにペルーの診療態勢が本邦と比べて劣っているとの事実があるとしても,ペルーでも必要な診察を受けることは可能であると解される。

 以上によれば,原告が肺結核及び結核性リンパ節炎に罹患していることをもって原告をペルーに退去強制することに支障があるとはいえない。 

ケース3

平成25年 6月 27日

名古屋地裁

平成25年(行コ)第19号 〇

(2) 他方,控訴人は,再発率や死亡率の高い稀な疾患である胸腺がんに罹患し,本件病院で大手術を受けた上,本件裁決時には,同病院に通院して経過観察等を受けていたものであり,その時点でも,再発はほぼ避けることができず,経過観察を継続することが必要不可欠であると診断されていたところ,本件裁決後には,その危惧が現実のものとなっている。

この点につき,被控訴人は,本件病院以外の国内外の病院,具体的には控訴人の出身地である釜山市内の病院でも経過観察や治療行為を行うことができると主張するところ,前記認定事実によれば,釜山市内には,最先端の診療装備を揃え,がんの種別ごとに専門クリニックのある釜山地域がんセンタ

ーが併設されている釜山大学病院を始めとして,多数の大病院が存在する上,釜山以外でも医療インフラの整備が進んでおり,ソウルには,縦隔腫瘍を専門診療分野とする医師がいて,韓国における縦隔腫瘍を含む胸部がん疾患等の専門医療機関として先駆的な役割を果たしている延世大学校医療院胸部外科のような医療機関も存在するのであるから,韓国でも控訴人の胸腺がんに対応することは十分可能であるといえる。しかしながら,上記の事実は,専ら医学的水準の観点からのものであって,実際に控訴人が大きな支障なく診察や治療等を受けられることを保障するものではない。

 具体的に指摘すれば,控訴人は,平成21年8月から今日に至るまで,継続的に本件病院で診察,検査,手術,経過観察を受けており,この間に集積された症状等に関する情報は相当な量に達していると推察されるところ,名古屋入管係官の作成した電話記録書によれば,本件病院はそのデータを新たな病院に提供することは可能であり,また主治医は英語表記の紹介状を作成,交付する用意があると述べているが,これらの情報を韓国の医師が活用するためには,当然のことながら朝鮮語ないし英語に翻訳する必要が生じるが,これについては控訴人側で負担しなければならず,仮に支援のボランティアが存在しているとしても,医学専門用語を適切に翻訳できるかについては明らかではない。そうすると,仮に控訴人が釜山市内の病院を受診するにしても,再度,各種の検査等を繰り返さざるを得ない状況に追い込まれ,控訴人にとって無視できない大きな負担を余儀なくされる可能性が高いというべきである。

 そして,控訴人は,本来は被保険者資格を欠くとしても,本邦ではこれまで保険給付を利用して治療等を受けることができたところ,韓国内での医療保険上の受給資格があるかについても明らかでなく(控訴人は否定している。),親族からの経済的援助も期待できないことを考慮すると,控訴人が

韓国国内で治療等を受けることに現実性があるかについても疑問を抱かざるを得ない。

 以上を考慮すると,被控訴人の上記主張は,実態に即して調査,検討された結果に基づくものではなく,机上の理屈にとどまるといわざるを得ない。

(3) なお,被控訴人の主張を支えるものとして提出されている名古屋入管係官の作成に係る担当医との電話記録書(乙29,31,33)を子細に検討すると,最初の電話記録書(乙29)は,控訴人に対する退去強制手続の過程で作成されたもので,本件裁決の基礎資料とされたものと推認されるが,この中には,前記認定事実(補正後)のとおり,担当医は,日本で継続治療をしなければならないという理由はなく,韓国でも経過観察可能ですと述べる一方,「ただし,がんの経過観察だけは当院(本件病院)でお願いします。」

との回答が記載されており,一見すると矛盾した内容になっているが,仮にこのような会話が実際にあったのであれば,その意味は,がんとそれ以外の疾病とを区別して,前者については本件病院で経過観察を行うことが必要であり,後者についてはそれ以外の病院でも対応できると理解するほかない。また,その後の電話記録書(乙31,33)は,原審で,控訴人の主張に沿った担当医の診断書(甲11,22の1)が書証として提出されたことから,反証として作成,提出されたものと推認できるが,上記診断書が(控訴人側からの働き掛けがあったとしても)担当医自身の名前で作成されているのに対し,上記電話記録書は,名古屋入管係官の作成したもので,担当医がその正確性を確認したものではない(例えば,乙31では,『必ずしも当病院でしか経過観察を行うことができないわけではありません。』との記載があるが,実際の問答では,この前に,当病院で行うことが望ましい旨の発言があったのではと推測される。)ことに加え,記載内容を全体として読み通せば,担当医は,専ら医学的水準の見地から他の病院でも対応可能であると発言していることが明らかである。

 したがって,上記電話記録書は,必ずしも被控訴人の主張を支えるものとはいえない。

(4) 先に判示したとおり,我が国の批准した前記国際規約において,すべての者の健康を享受する権利がうたわれ,締結国はすべての者に対する医療等を確保する条件の創出に向けて努力すべきことが定められていることを指摘するまでもなく,健康,特に生命に関わる病気を抱える者に対する配慮は,文明国家である以上,当然に尽くすべきものと考える。

 本件において,控訴人は,今後,生命に関わる胸腺がんの再発(本件裁決時においても再発は避けられないと予測されていた。)と闘病せざるを得ず,その過程には,通常人でも耐え難い苦痛と負担が待ち受けていることは容易に想像できるところであって,これらを少しでも軽減するためには,症状等の情報が集積され,担当医らとの信頼関係を再度構築する必要のない本件病院にて継続的に治療等を行うことを認めるのが最も適切であり,その程度は,単に望ましいというレベルを超えていると判断される。したがって,病院を替わることに伴う重い負担は,不法残留という途を選択した控訴人の自己責任で対応すべきであるなどと判断するのは,到底相当とは考えられない。

 


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